脳と腸がくらってしまって

20代のときになった潰瘍性大腸炎と脳梗塞のことがメインです

20代のときになった潰瘍性大腸炎と脳梗塞のことがメインになってます。マンガも挑戦中です。

【脳梗塞】言葉が良くなっていくと

ひとつ知っただけ、良くも悪くも、気づいてしまった、そんな話です。

 

前回、母が小学生用の国語辞典を買ってきてくれたのですが、母が帰ってからの出来事です。

 

『きっかけは小学国語辞典』

1 国語辞典

2 気づいたこと

 

*あとがき*

この出来事は、 発症してから2週間くらいだったと思います。母との会話もずいぶんできるようになった頃のことでした。脳梗塞が発症して、一番落ち込んだ夜でした。

 

リハビリとしての国語辞典

今回、言葉について調べてみたのですが、

 

一日に使う日常会話での言葉→800語

大人が知っている言葉の一般的な数→30,000語

 

だいたい、小学生用の国語辞典が30,000~40,000語を収録しているので、小学生用の国語辞典と同じくらいの言葉を知ってれば、仕事も生活も十分やっていけるようです。

 

この30,000語、おそらく、なんとなく通っていた小学校の授業で、だいたいのことは、身につけていたわけですが、これをリハビリとして頑張ろう、と思ったとき、急にやる気がなくなりました(笑)とてつもなく高い山に感じたんですよ。漢字もフリガナを読まなくちゃならなかったし。

 

国語辞典は、リハビリに、言葉を網羅的に接することができるという点で、すごく良かった、とは思っています。続かなかったんですけれど。

 

想像力の欠如

この頃は、母と会話ができるようになったから、ちょっと勉強すれば、すぐ元に戻れる、ぐらいに考えていました。

甘い、甘い。

予想する力が失語とどのくらいリンクしているのか、全然わからないのですが、とにかく想像力がないから、将来の見込みが甘いことに気付きませんでした。

ある意味、国語辞典を開いたことが、すごく脳に刺激を与えたのかもしれません。国語辞典で言葉に触れると、ひとつの言葉から広げられることができました。

その結果、脳の工事がなにか進んだんでしょうね。いまの自分にどんな未来が待っているのか、仕事、恋愛、お金のことを考え始めてしまいました。

 

家族とのタイムラグ

両親が一番落ち込んだのは、病気が発症したときで、徐々に受け止めていって、コミュニケーションが取れるころには、随分明るくなっていました。発症から2週間後くらいだったでしょうか。

 

一方、私が一番落ち込んだのは、発症から2週間後くらい、小学国語辞典を開いたころです。自分の将来を具体的に考え始めたときが、どん底でした。

 

だから、母と話していると気持ちにズレがありました。最初は、母が落ち込んでいるから、頑張るよって言い続けていたし、実際、お話しできるようになってきたから、母の気持ちはラクになっていくように見えました。逆に、私は『大変なことが起きた』とやっと気づいて、落ち込んでいく日々でした。夜になって、声を押し殺してよく泣いていました。

 

足元をみたら、立ってるところが崖で、下を見てしまった、そんな気持ちだったのかもしれないです。。